その二十六 芸術の秋
めっきり秋めいてきた11月3日文化の日、友人にさそわれて「ギターの調べとともに 三谷亜矢メゾ・ソプラノリサイタル」を聞きに行った。会場は、都内の旧古河庭園内「大谷美術館」である。
旧古河庭園は街歩きで何度か立ち寄っている。この日は薔薇が見頃であった。薔薇の背後に旧古河邸洋館を配した景観は見事なものであった。
クラシックの歌曲などめったに鑑賞する機会がないので、居眠りしてはまずいと、前夜しっかり睡眠をとっておいたが、それは杞憂であった。
旧古河邸(大谷美術館)の小さなホールに全席65席、三谷亜矢女史の迫力満点の美声とギターの音色を聞くことができた。モーツアルト、ウェーバー、シューベルト、その他。いいものを聞いて寿命が少し伸びたかもしれない。
ギターの伴奏をしていたのはギタリストの増井一友氏、彼は高校の同級生である。ギター1本で飯を食っているカッコイイ男なのである。
今回のリサイタルでは、歌の伴奏とは別に彼が「ジョン・ダウランドによる夜の歌」という何やら難しいギターソロ曲を独奏した。演奏時間20分という長い曲であった。この時間だけは、門外漢の私には辛い時間であった。それでも、辛抱して聞いているうちに、心地よい音の並びが出てきたなと思ったら演奏が終わってしまった。
クラシック音楽の鑑賞には鍛錬が必要なのだと改めて思う芸術の秋であった。
その二十七 十割そばの怪
秋晴れのある日、友人と二人で群馬県にある吹割(ふきわれ)の滝を見に行った。
吹割の滝は落差のある滝ではない。川床が侵食して両岸から水が流れ落ち、流れ落ちた川底(滝壺)からしぶきを吹き上げる。
川岸を歩きながら滝を見物する。流れに吸い込まれそうな、不思議な滝であった。
この友人と遊びに出かけた時はいつも、地元で評判の良いそば屋を探して、そばを食べることにしている。
今回も吹割の滝近くで人気のそば屋を検索、滝を見る前に腹ごしらえをすることにした。ところが、この店がなかなか見つからない。
それではと、土産物屋の並ぶ賑やかな通りを何度か行き来して、「手打ち 十割そば」の看板を発見、ここに決めた。そば屋というよりも、観光地の食堂であるが、品書きには「十割そばは数に限りがあるため、終了のさいは、ご了承下さい。」とある。期待がふくらむ。
今時のそば屋は、手打そばと看板を出している店なら、そこそこのそばを出してくれる。観光地でもしかりである。まして、十割そばである。こだわりが感じられる。
しばらくして、注文の十割そば(ざるそば)が出てきた。食べてみて驚いた。味も香もコシもない。色のついたうどんである、といってはうどんに失礼である。
そば粉だけでどうやったらこんなそばが打てるのだろうか。ここの主人は自分で打ったそばを食べたことがあるのだろうか。次々と疑問がわいてきた。
貧乏性の私には「こんなもん食えるか!」と席を立つこともできず、もくもくと食べるのであった。大盛りにしなきゃよかったなどと思いながら。
その二十八 水没事故
10月末、毎年恒例の定期健康診断の日が近づいてきた。
例年緊張するのは検便である。適度な硬さの便通がないと苦労することもある。検診日の6日前から実施可能で、日を変えて2回、プラスチックの青ラベルと赤ラベルの細い容器に採取する。昔に比べると随分スマートになった。
小学校の頃はマッチ箱に小指大の便を採取した。便の採取に関してはみんな苦労したらしく、検便の日はいろいろな事件が起った。
当時良く使われていたマッチ箱は、飲食店などでサービスにもらう高さ5ミリくらいの薄型のマッチ箱だった。しかし、検便に適したマッチ箱は高さ1.5センチくらいの赤いラベルのマッチ箱で、雑貨屋で買うしかなかった。
検便当日の朝、「あっ、今日は検便だ!」といううっかり者もいて、マッチ箱の用意がない。仕方なく、家にある薄型のマッチ箱に苦労して詰めてきたという友達がいた。また、当時どこの家庭にも銀行などでもらうスマホ大の大型のマッチ箱があり、これに採取してきた友達もいた。「お前、ずいぶん持ってきたなあ」と先生にあきれられていた。
学校へ来る途中、犬の糞をつめて後日先生に大目玉をくらった友達もいた。
検便当日の教室のにおいが鼻孔の奥に残っている。今の小学校はそんなこともないのだろう。
健康診断の2日前、通勤の前に一回目の採取を完了。ここ何年もヨーグルトを常用しているせいか快便の日が続いている。
健康診断の前日、朝は不発、夕方仕事から戻り二回目の採取を行った。
便器に病院から送られてきた検便用「トレールペーパー」を敷く。いつになく快調、「やれやれ」と思い、便器を覗くと重みに耐えかねたトレールペーパーの一部がずれて便がスルスルと移動、「ああっ」と思う間に水没してしまった。水際の塊で採取を試みるが、ムダな努力であった。
明日は早朝9時の受付である。今夜は9時までに軽い食事をして、10時以降は水も飲めない。便意は訪れるのだろうかと心配になる。
間に合わなければ事情を説明すれば済むことだろうが、衆人環視の中で「検便に失敗しました」と言うのはちょっと具合が悪い。
翌朝、幸いなことに何とか採取に成功した。専用のトレールペーパーもなく、どのような方法で採取したのか、それはないしょである。
ところで、以前テレビの旅番組で阿川佐和子が檀ふみに「あなた、エッチな話は嫌いなのに、ウンチの話は好きなのよねえ」と言っているのを聞いた。笑いのツボが同じ人を見つけて嬉しくなった。
(大川 和良)
2024年春季号 vol.5
今年は3月後半が寒かったせいか、例年より桜の開花が遅くなっておりましたが、全国…
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