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ザ・戊辰研マガジン

2021年12月号 vol.50

挨拶の意義

2021年12月05日 22:08 by norippe
2021年12月05日 22:08 by norippe


 下の写真は「オジギソウ」。葉に触ると先の方からパタパタパタと閉じていきます。その姿はお辞儀をしているようなので、この名前が付きました。また、夜になると葉を閉じてしまうので「眠り草」という別名もあります。



 日本人は礼儀やねぎらいの気持ちを重んじる民族です。その代表的な挨拶は「お辞儀」にあります。相手に頭を下げる「お辞儀」の文化は、もともとは中国から仏教とともに日本へ伝わったとされています。「お辞儀」には「会釈」「浅礼」「敬礼」など段階があり、相手の立場によって変わるものでもあります。
 お辞儀が中国から日本へ伝わったのは、仏教が広まった500年から800年頃のことといわれています。当初は相手へ頭を下げて首を見せる姿勢を取ることで、攻撃の意志や敵意がないこと表していたとされています。

 礼儀作法に厳しかった武家社会では、殿中で貴人に拝謁するときだけでなく、親しい同僚の家を訪ねた時や、馬に乗っていて、誰かとすれ違った時など、時と場合に応じて、挨拶の仕方を変えなければなりませんでした。その挨拶の形には、大きく分けて「真(しん)」「行(ぎょう)」「草(そう)」の三つがあります。

 礼には「草」と「行」そして「真」があります。
 まず、往来で同輩と会った時は「草」の例で、お互いに一旦停止して、両手を下げて目礼します。
 一方、勤務中などに上司とすれ違う時は、もう少し丁寧な「行」の礼をします。きちんと停止して、手を膝に付け、深々と頭を下げるのです。
 さらに貴人へお目通りするときは、最高に丁寧な「真」の礼をします。畳に座り、親指を広げ、人差し指と中指を揃えて、三本の指でひし形を作ります。そのひし形の真ん中に顔を伏せて、畳に鼻を擦り付けるかのようにして、平伏するのです。この指でひし形を作る座礼の作法は、護身の心得でもありました。平伏している時に突然頭を押さえられても、ひし形に作った指がクッションとなって、鼻が床に激突するのを防げるのです。しかも、肘の反動を使えば、素早く顔を上げる事も出来るのです。

 これが、殿中で主君に拝謁するときになると、「真」の礼がさらに発展して、一種芝居がかった大げさなものになります。将軍が「表を上げい」と声を掛けても、恐れ入って中々顔を上げられないようなフリをしたり、主君が「もっと近う寄れい」と言っても、恐れ多く、進みたくても進めないというポーズを取るのです。
 他には馬に乗っている時の作法もあります。自分より身分の高い武士と騎馬同士で会った時は、相手に道を譲るだけでなく、相手とすれ違う側の鐙(あぶみ)から足を外して、馬上からお辞儀をしました。これは「片鐙を外す」という作法で、鐙から足首を外すと不安定になるため、襲い掛かる事が出来なくなります。そこに「貴方に敵対心はございません」という意味が込められているのです。
 時代劇のドラマなどを見ていると「拙者、○○藩の誰それでござる」「それがしにも覚悟がござるぞ」「拙者とて、武士の端くれでござる」など、武士はやたらと「ござる言葉」を使っています。しかし、実際にはこの「ござる言葉」は日常的に使われる話し言葉ではなかったのです。

 江戸の町には、参勤交代で地方の武士が沢山集まって来ます。そして、同郷の武士同士は、普段はお国訛りで喋っていますが、その会話は、違う地域で育った武士には、ほとんど理解できなという状態にありました。事実、幕末の頃になっても、薩摩藩出身の武士と長州藩出身の武士が会うときは、まったく言葉が通じない為、通訳が付いていた程です。そこで、他の藩の武士と話すときは、誰が聞いても分かりやすいように、書き言葉に近い表現を「共通語」として用いていました。それが「ござる」や「ござ候(そうろう)」といった言葉遣いだったのです。

 人間同士が付き合っていく中で、挨拶は大切なもの。家族同士でも挨拶は必要なのです。朝起きれば「おはよう」、寝る時は「おやすみ」。会社に行っても、道で人に遭っても挨拶する場面は多くあります。
 朝の挨拶として使われる「お早うございます」は、自分よりも先にその場にいる人に対するねぎらいの気持ちが込められているのです。
 「今日は」「今晩は」は、その後に「ご機嫌いかがですか」という言葉が略されていて、相手の調子を伺う気持ちが添えられた挨拶なのです。
 「ありがとうございます」は漢字で書くと「有難うございます」で、「有るのが難しい」「滅多にあることではない」という意味合いがあります。
 別れるときの「さようなら」は、「然様なら」という漢字が当てはまり「それであれば」という意味があり、その後に「お別れですね」という言葉が略されている挨拶なのです。
 「いただきます」には「命をいただく」という感謝が込められ、「ご馳走さま」には食事の準備にあちこち走ってくれたことへの感謝が込められています。食事の前後に使うこの挨拶は、海外では使われる事が少なく、日本ならではの言葉なのです。

 日本人にとっては日常的な挨拶も、海外へ行くとやり方が違って驚くことがあります。海外から日本へやって来た人も、同じように日本の挨拶に驚いたり、日本らしさを感じて興味を持ったりしているのかも知れません。
 たとえば「日本人はなぜお辞儀をするの?」と聞かれても、自信を持って説明できる人は少ないのではないでしょうか。
 一般的に、「挨拶を交わす場面」と聞いて想像するのは、出会いと別れのタイミング。職場なら朝の出社時や帰り際に、家庭では朝起きたときや出かけるとき、近所の人なら出会い頭と立ち話をして別れるときなどに、人は挨拶を交わします。これは日本に限ったことではなく、世界でもほぼ同じです。ただし、その他の国に比べると、日本人にとっての挨拶は「礼儀」や「ねぎらい」といった側面が強い傾向にあるようです。

 ある日こんな事がありました。職場で若い女子社員が二人で歩いている時、前方から上司が歩いて来ました。すれ違いざま、一人の女子社員が「お疲れ様です」と上司に声を掛けました。上司は軽く会釈をして通り過ぎたのです。するともう一人の女子社員が「なんで疲れてもいないのにお疲れ様なんて言うの?馬鹿みたい。」と言葉を漏らしたのです。疲れていようと疲れていまいと、「お疲れ様です」は相手に対する「ねぎらい」のことばで、相手を思いやる挨拶なのです。苦労もしていないけど「ご苦労さまです」も同じ意味。相手に対してねぎらいの言葉もかけられない社員は、仕事も満足に出来ない社員ではないかと思います。

 コンビニや百貨店、飲食店などほとんどの接客業では、お客様への最初の挨拶として、「いらっしゃいませ」と声を掛けるのが一般的です。お客様側としても特に何も考えず、聞き流している人がほとんどです。なぜ、日本ではお客様に「いらっしゃいませ」と挨拶することが一般的なのでしょうか。
 「いらっしゃいませ」というのは、こちらに来てくださいという意味合いがあり、江戸時代の見せ物小屋が道行く人たちに向かって、小屋に立ち寄ってもらうために「いらっしゃいませ」と声掛けをしていたといいます。現在、お客様に対して店員が「いらっしゃいませ」と声掛けをするのは、江戸時代の見せ物小屋で行われた慣習の名残と思われます。ただ、「いらっしゃいませ」が江戸時代から言われ始めたのか、それ以前から使われていたのかは不明です。
 「いらっしゃいませ」には「来店していただき歓迎しています」という気持ちを表すとともに、店員から挨拶をすることで店員とお客様との間の緊張感を和らげ、お客様が安心して買い物ができる雰囲気を作り出すという意味合いがあります。

 私も接客業に携わっているのでわかるのですが、お客様が品物を探すように店内を歩き回っている時、「いらっしゃいませ」と声をかけると、お客様は必ず声をかけた店員に話しをかけてきます。そして、その店員から商品を買う確率は数段高くなるのです。「いらっしゃいませ」も言えない店員は、お客様からもそっぽを向かれ、売れる商品も売れなくなり、店の販売のチャンスロスにつながります。商売においての挨拶は、売上をも左右する大切な要素になってくるのです。

 挨拶の「挨」には、相手の心を開くという意味があり、挨拶の「拶」には、相手の心に近づくという意味があります。挨拶(あいさつ)とは、自分の心を開くことで相手の心を開かせ、相手の心に近づいていく積極的な行為と言えるのです。
 相手の目を見て明るく元気に、そして相手より先に挨拶をすることを心掛けましょう。

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