その四十一 山桜
今年も上野の桜にどうにか間に合った。満開となってから花冷えの日が続き、見頃がダラダラと続いたのである。そのせいか今年の桜は隙間が目立つ。
いっせいに開花して、こんもりとしたソメイヨシノもいいが、山の斜面にポツンと咲く山桜もいいもんだ。
若い頃、カメラ雑誌で写真家・前田真三の「桜」の写真を見たことがある。題は忘れた。
雑誌の見開き一面に山の斜面が切り取られ、芽吹いたばかりの若葉の色で埋め尽くされている。その真ん中あたりに山桜がポツンと1本咲いている。自然の造形である。心に残る一枚であった。
ソメイヨシノも散って「さくら蕊(しべ)降る」頃になると、そんな風景を探して歩く。
数年前の4月中旬、さいたま市から秩父方面に車で向かった。奥武蔵の低い山々が見え始めるあたりで出会った風景をホームページに記録していた。
《車で西に1時間も走ると、低い山が間近に迫ってくる。山肌は淡い萌え木色に覆われているが、色合いが微妙にちがう。若葉がこんもりと、柔らかく風にゆれている。その山肌のところどころに桜がぽつんぽつんと咲いている。季節野菜の盛り合わせのようで、フォークで寄せ集めて食べたくなった。
ドレッシングには同量のオリーブオイルと酢に、玉ねぎとニンニクのすりおろしを少々加え、塩と胡椒で味を整える、最近おぼえたやつが合いそうだ。
あと2~3週間もすれば、青一色になり夏山の顔になる。この時期だけの春の配色である。》
山桜のある風景を探す旅は、ソメイヨシノが終わるこれからである。
その四十二 女湯体験
小学校1年生か2年生の頃、同じクラスによく遊ぶ男の友達がいた。
その友達の家は駅の近くで酒屋を営んでおり、その店先が遊び場になっていた。冬の寒い日には火鉢で酒粕を焼いてもらい、おやつに食べた記憶がある。焼いた酒粕は子供にとっては不思議な味だった。
そんなある日、たぶんその日は日曜日だったのだろう。友達のお母さんが、今日は早めにお風呂に行くというので、友達と一緒に銭湯へ行くことになった。
銭湯は初めての体験であった。友達のお母さんについて行き、そのまま、女湯へ入って友達とワイワイやったのである。
銭湯のことは、なんとなく恥しかったのか、めんどうだったのか、家の人には内緒にしていた。そのために、何事もなくその日は過ぎた。
事件は翌日に起こった。
すぐ上の兄が4年生か5年生で、同じ小学校に通っていた。その兄が学校から帰るや、ニヤニヤしながら「おめえ、きのう女湯入ったべっ。」と栃木弁で問い詰めてきたのである。
たまたま、兄のクラスの女の子が同じ銭湯に居合わせたらしい。「弟さん可愛いね」などと言ったかどうかは知らないが、クラスで話題になってしまったらしい。悪いことはできないものである。
兄の話にショックを受けたのだろう、この事はよく覚えている。ところが、肝心の女湯風景はまったく記憶に残っていない。残念なことである。
(大川 和良)
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